必須脂肪酸 GLA & EPA

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血液透析患者に生じた糖尿病性壊疽に γ-リノレン酸の内服が有効であった症例

      2016/03/01

水戸済生会総合病院皮膚科(主任:飯島茂子部長)
飯島茂子・小川 徹
水戸済生会総合病院腎臓内科(主任:山口直人部長)
山口直人・海老原至

 糖尿病性腎症による慢性腎不全のため4年前より血液透析中の66歳,男。左足底の小趾側の胼胝に二次感染を併発し,骨の露出する壊疽を生じた。抗生物質,プロスタグランディンE1,製剤の点滴,足浴,種々の軟膏による局所処置を連日行ったが難治性であったため,多価不飽和必須脂肪酸の1つであるγリノレン酸300mg/日を投与した。内服開始後の肉芽形成は良好で,約16週間後に壊疽治癒した。その後,同部に慢性化膿性骨髄炎を併発していることが明らかになったが,γリノレン酸の内服を継続させ抗生物質を一時的に投与することで足趾を切断することなく治癒した。サーモグラフィにて,γリノレン酸内服後に著明に皮膚温が上昇していることを確認した。γリノレン酸の末梢循環不全に対する有効性を述ぺるとともに,その機序について考察した。

はじめに


 糖尿病患者では,macroangiopathyやmicroangiopathyにより,末梢循現不全を伴うことは周知の事実であるが,血液透析患者においても血液の流れが悪いことが知られている[1][2]。透析患者での血流の悪さは,血漿粘度が高いことの他に,血液の中を流れる白血球や赤血球の膜の流動性が悪いことを意味する。これは透析膜と血液が接触することにより補体が活性化されること,透析膜を通過する際に各血球膜が物理的な障害を受けることによると考えられている[3][4]。そこで我々は,血流の悪さに関して,γリノレン酸の経口摂取がこの血球膜の悪い流動性を改善するということを,in vivo,in vitroの両方において証明した[5][6]。今回我々は,糖尿病性腎症により維持血液透析を受けている患者に生じた足底部の壊疽に対して,多価不飽和必須脂肪酸の1つであるγリノレン酸の内服が極めて有効であった症例を経験したので報告する。

症例


 症例:66歳,男性
 初診:2000年9月19日
 主既:左足底部の潰瘍
 家族歴:特記すぺきことなし
 既往歴:20年前に糖尿病を指摘された。1994年2月より,足底にびらん,潰瘍を繰り返し,当科で治療を受けていた。1996年8月から腎不全のため血液透析を開始した。
 現病歴:1996年より,左足底の小趾側に水疱が出現し,その後痂皮が固着した状態であった。2000年9月18日,同部が赤く腫脹し,足背が浮腫状となってきたので,当科を受診した。
 現症:左足背は浮腫性で熱感を伴い,足底の小趾側に厚い痂皮と,その中央に悪臭を伴う潰瘍を認めた。潰瘍はゾンデで2cm以上挿入可能な瘻孔を伴い,ゾンデの先端は骨に達していた。なお,潰瘍底からの培養検査にてCitrobacter freundii 3+が検出された。
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 治療及び経過:稲尿病患者に生じた胼胝からの二次感染と診断し,9月21日入院の上,抗生物質の点滴を透析日のみ週3回,プロスタグランディンE,製剤(リプル®可の点滴,足浴,ポピドンヨードゲル(イソジン®ゲル)による局所処置を連日行った。入院10日後,潰瘍部の悪臭や浸出液などの感染所見は収まったため,抗生物質の点滴を中止し,外用剤もハイドロジェル・ドレッシング材(イントラサイトジェル®に変更した。しかし,第5中足骨は骨髄まで露出し,肉芽形成も不良であった。骨X線像では,第5中足趾節関節は脱臼していたが,骨髄炎の所見はなかった。保存的治療で改善が望めないと判断し,足趾切断の必要性を本人に説明したが,承諾を得られなかった。長期入院に伴う不眠も出現したため,本人の希望により一旦退院させる方針として,血流の状態をサーモグラフィで評価した。両下腿より末梢の皮膚温は低下しており,特に両足趾および潰瘍のある左足外側が著明に低下していた(Fig.1a-c)。そこで,10月13日よりγリノレン酸(イッチノン®,㈱コーワテクノサーチ)300mg/日の内服を開始し、10月21日に退院した。退院と同時にプロスタグランディンE,製剤の点滴は中止した。なお,自宅でも足浴を継続させ,ドレッシング材の変更は行なわなかった。その後,外来通院中,肉芽形成は徐々に良好となり,内服開始5週後,第5中足骨は肉芽組織で覆われた(Fig.2a)。内服8週後,肉芽の色鯛も良好となり,浸出液も減少した(Fig.2a)ため,ため,ドレッシング材からプクラデシンナトリウム(アクトシン®)軟膏に変更した。内服12週後には潰瘍の半分が上皮で覆われ(Fig.2c),その4週後の2001年2月には上皮化が終了した。
 一方,2000年12月中旬より左足背の腫脹・疼痛が出現したため,セフジトレンピボキシル(CDTR-PI,メイアクト®を内服させ-時的に軽快していた。しかし,潰瘍上皮化直前の2001年2月の骨X線像にて第5中足骨の融解,透亮像が明らかとなり,慢性化化膿性骨髄炎と診断した(Fig.3)。そこで,γリノレン酸3OOmg/日の内服を継続しながら,セファゾリン(CEZ,セファメジン®)の点滴を透析終了時に行った(週3回)ところ,足背の腫脹・疼痛とも速やかに消失した。1カ月後,骨X線像にて骨髄炎に進行がないことを確認した後,CDTR-PIの内服(1日1錠)に切り替え,2001年6月に中止した。なお,γリノレン酸は2001年3月から200mg/日として内服を継続した。同年10月,臨床的およびX線画像的に再発を認めず(Fig.4a,b),サーモグラフイにて,両下腿より末梢の皮膚温が著名に改善していることを確認した(Fig.5a-c)。また,一般血液検査ではγリノレン酸内服による検査値の変動は認めなかった。
 なお患者は,同年12月,誤嚥性肺炎による呼吸不全のため永眠した。
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かんがえ


 自験例は、血液透析中の慢性腎不全患者に生じた足底の譜尿病性壊痕で,糖尿病によるmicroangiopathyやmicroneuropathyを基盤に,おそらく胼胝部の些細な外傷から二次感染を生じ,中足骨の脱臼,骨の露出をきたしたものと考えられる。日常臨床でしばしば遭遇する潰瘍であるが,種々の治療で全く肉芽の形成がみられず,難治性であった。
 私たちは,かつて,γリノレン酸の内服が,透析患者での低下した赤血球脱の流動性を改善し[5][6],さらに白血球の粘着能[7],血小板凝集能[8]を抑制することにより,血液の流れを改善させるという実験的な事実を明らかにしていたため,自験例にγリノレン酸の投与を試みた。
γリノレン酸は,炭素数18,不飽和結合数3のn-6系に属する多価不飽和必須脂肪酸の1つである(Fig.6)。この脂肪酸は,リノール酸からジホモγリノレン酸に代謝される過程で生じ,血管拡張作用や血小板凝集抑制作用をもつタイプlプロスタグランデインの産生に関与する。一方,ジホモγリノレン酸から作られるアラキドン酸は,タイプ2プロスタグランデインやトロンポキサンの他,強力な炎症惹起物質であるタイプ4ロイコトリエンなどの産生に,n-3系脂肪酸に属するαリノレン酸やエイコサペンタエン酸は,タイプ3プロスタグランディンやトロンポキサン,およびタイプ5ロイコトリエンなどの産生に関与する(Fig.7)[9][10]。ジホモγリノレン酸は,デルタ5デサチュラーゼを介してアラキドン酸に代謝されるが,この反応はラットやマウスでは速く,ヒトでは綬徐であることが知られている[11]。従って,内服投与されたγリノレン酸がアラキドン酸を介して,炎症惹起物質を増加させるという反応はヒトでは少ないものと考えられる。実際に我々は,γリノレン酸内服前と2カ月後に,赤血球膜および血凝中のリン脂質の脂肪酸分析を行ない,内服後にはジホモγリノレン酸が増加し,アラキドン酸が減少傾向にあることを明らかにしている[5]。
このようなγリノレン酸を自験例に投与したところ,難治性の潰瘍が速やかに上皮化した。その後,化膿性骨髄炎の存在を確認したが,これは骨まで達していた痩孔からの細菌感染によるものと考えられる。骨髄炎がX線所見上明らかになるには,一般に,成人例で3~4週かかり,そのため抗生物質の投与期間が不十分となって再発しやすいとされている[12]。自験例においても,入院時のX線像で骨髄炎は明らかではなかったため,当初の抗生物質投与期間が短く,潰癌発症後2カ月頃より骨髄炎の症状が現われた。おそらく,入院時から骨髄炎は併発していたものと考えられた。これらの症状は,抗生物質の点滴1カ月および内服4カ月後には完全に消失し,再発もなかった。このように,糖尿病性末梢循環障害があり,一般的に治癒しにくい自験例のような骨髄炎が,通常の点滴で治癒した理由にも,γリノレン酸により末梢循環が改善し,その結果,治療薬が炎症局所に届きやすくなったことが関与したものと考えた。末梢循環が改善したことは,γリノレン酸を1年内服した前後でのサーモグラフィでも明らかであった。γリノレン酸の臨床的な試用は,アトピー性皮膚炎に対しても行われている[13][14]。γリノレン酸は,細胞膜構成脂肪酸として,プロスタグランディンパランスに影響を与える多価不飽和必須脂肪酸である。さらにこのγリノレン酸は,リノール酸やαリノレン酸が大豆油や菜種油,アラキドン酸が肉や卵,エイコサペンタエン酸が魚からの日常の食事から容易に摂取されるのに対して,母乳および一部の植物からしか得ることができない。このような栄養学的な観点からも,経口摂取による効果が十分期待されるものと考えた。
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文献


[1]Kikuchi Y et al: Red blood cell deformabilily in renal failure. Nephron 30: 8 14. 1982.
[2]Iijima S et al: Leuukopenia and rheological anomalies in leukocytes during hemodialysis in patients with chronic renal failure. Nephron 74: 561-566. 1996.
[3]Jensen DP et al: Hemodialysis coil-induced transient neutropenia and overshoot neutrophilia in normal man. Blood 41: 399-408. 1973.
[4]CraddockPR et al: Granulocyte aggregation as a manifestation of membrane interactions with complement: possible role in leukocyte margination. microvascular occlusion, and endothelial damage. Semin Hematol 16: 140-147. 1979.
[5]liiima Setal: Oral supplementation with γ-linolenic acid extracted from Mucor circinelloides improves the deformability of red blood cells in hemodialysis patients Nephron 86: 122-128. 2000.
[6]飯島茂子,山田忠子,菊池 博: γリノレン酸含有油胆エマルジョンが洗浄赤血球の通過時間に及ぼす影響.第7回へモレオロジー研究会抄録集.2000.
[7]Iijima S et al: Supplementithy-linolenic acid alters filtrability of whole blood suspension and fatty acid composition in phospholipid of plasma and neutrophil membrane in hemodialysis patients. Microcirc Annu14:53-54.1998.
[8]Iijima S et al: Oral supplementation with γ-linolenic acid inhibits platelet aggregation induced by ADF in patients with chronic renal failure. Hemorheol Relat Res 3: 47=57. 2000.
[9]山本尚三: 多価不飽和脂肪酸の生化学. 治療額 25: 14 17,1991.
[10]寺野 隆, 田村 泰: 多価不飽和脂肪酸と炎症. 治療学 25: 57-61, 1991.
[11]Mead JF. Willis AL: The essential fattya cids: their derivation and role; in Handbook of the Eicosanoids: Prostaglandins and Related Lipids, vol. 1A.(Willis AL ed), CRC Press, BocaRaton・ 1987, 85-98.
[12]中島育昌,赤松功也: 骨髄炎,化腰性関節炎.医と薬学39: 1087-1094,1998.
[13]Morse PF et al: Meta-analysis of placebo-controlled studies of efficacy of Epogam in the treatment of atopic eczema Relationship between plasma essential fatty acid changes and clinical response. Br J dermato l121: 75-90. 1989.
[14]須貝哲郎:マツヨイグサ油内服によるアトピー生皮膚炎の治験. 皮膚 29: 330-338, 1987.

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